岩美高校1年生のジオパーク課外学習レポート

目安時間:約 4分

9月8日は、地元岩美高校1年生のジオパーク課外学習にて鴨ケ磯から城原海岸までのトレイルを歩きながら山陰海岸の成り立ちや歴史のガイドをいたしました。

 

前回は6月で、熊井浜から西脇海岸~高校まで という学習でしたが今回は浦富海岸の西側の学習です。

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岩美高校1年生のジオパーク課外学習レポート

7日の雨と変わり今日は快晴で安心のスタート。逆に暑くなりそうな予感です。まずは鴨ヶ磯の展望台から階段を降り、ヒグラシ洞門と浦富海岸の岩石の様子がよくわかる場所へ。

 

ヒグラシ洞門はアニメFreeの聖地巡礼でも撮影ポイントになっているようです。

つづいて小鴨ヶ磯へ。水尻洞門、波食窪(ノッチ)離れ岩、海食棚が確認しやすい地形で実際に見て覚えていただきました。

 

写真は、網代の漁師さんが観音菩薩を大事にされ船が座礁した際にこの島にたどり着き命拾いをされたとされた由来から名づいた太郎兵衛島という島で、こちらは自然の浸食だけではなく、昭和18年の鳥取大震災により洞門が崩れて離れ岩になっています。


つづいて。岩美町出身の初代国連大使の澤田廉三氏が人類愛を讃えてロシア軍将校遺体漂着記念碑を田後の方々に贈った際の解説をし、椿谷へいき柱状節理の解説などをし大鴨ヶ磯へ。

 

縄文時代は、もう一つ上が砂浜だったという話をしながらここでも波食窪(ノッチ)離れ岩、海食棚が確認しやすい地形で実際に見て覚えていただきました。

 

右端にある酒宴洞門は島崎藤村がここでお酒を飲んだらさぞかし美味しいだろうなっといったことから名づけられたという説もありますが、

 

島崎藤村の書籍【山陰土産】の中では、竜神洞から船に乗り西へ向かったが波が荒く船酔いするものもいて早々と引き返したとあり、藤村は来ていないのでは?という説もあります。


ここで水分補給の休憩をし、洞門は海水によりくぐれない日もありますが、この日は通れましたので皆で洞門をくぐることに。

ひんやり涼しくて『ずっとここにいたい!』といった男子生徒さんの言葉が印象的でした。

ここからは工事中のため気をつけながら 城原海岸へ向かいます。このあたりのアップが暑さで厳しくてゆっくり進むことに…。

自分たちが歩いてきた道を確認…。そして城原海岸へ。城原海岸にて節理や岩脈の解説、赤っぽい岩が何故できたのか?向かいに見える黒島は花崗岩ではなく羽尾岬と同じ凝灰角礫岩だという解説などなど、、、ジオパークのことを学んでいただきました。

 

ガイドだったので写真があまりないのですが3組の様子を撮影することができました。

城原海岸のメインでクラスごとに記念撮影をし、城原海岸駐車場まで歩いて昼食の場所にていわみガイドクラブの解説授業は終了しました。

 

投稿者である私は1組の先頭だったために写真があまり撮影できておりませんが、歩きながら解説をし、メモを取られている生徒さんもいて、最後、城原海岸の展望台にてクイズを出しましたら積極的に答えてくださいました
少々早めのペースになってしまい申し訳ございません。暑くなりすぎる前に乱れることなくまとまって歩いて頂きありがとうございました。先生方、学生さんたちと学ぶ良い機会を頂き感謝いたします。お世話になりました。

昼からは浦富海岸島めぐり遊覧船にて歩いた道を船から学ばれました。


このブログでは、岩美町在住でいわみガイドクラブに在籍しているスタッフの個人的思考を兼ねた投稿をしており、 個人的な発言や嗜好などを盛り込んでおり

ガイドのお客様や各イベントに参加された方の思い出を刻み読み返していただくことや学習の復習レポートとしてもご覧頂いております。

単なる岩美好きスタッフが岩美町をもっと知っていただき好きになってもらいたく難しい言葉や専門用語などを使わずに気軽に読んでいただける仕様となっておりますので、

専門的な山陰海岸ジオパークの事や歴史学習に関しては公式HPでご確認ください ※いわみガイドクラブで調査し記載している内容や写真の無断転載は禁止しております

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