岩美町の歴史史家でもあり、いわみガイドクラブの油浅代表が編集した岩美町浦富の名勝(島や洞門など)はじめ、神社や人物、古跡をまとめた書籍「百年前の浦富名勝案内」が出版されました。この本の目的は 島崎藤村の山陰土産の浦富海岸が完全になったこと、案内記の漢詩が格調高い訓読文に出来たことです。あとがき部分に...
岩美町は、昭和29年7月1日に、岩美郡の田後村、東村、浦富町、蒲生村、岩井町、小田村、本庄村、大岩村、網代村が合併して、岩美町が誕生しました。
しかし、岩美町の歴史自体はもっと古く、古墳時代やそれ以前から人々が住んでいた証拠があります。例えば、二上山の麓にある高野坂古墳群や駟馳山の麓にある小畑三号墳、また旧岩美鉱山は記録上日本最古の鉱山とされ、その歴史は1300年以上になり、元明天皇に銅を献上した際に荒金と命名されたという記録もあります。併せて岩井温泉の歴史も深く、開湯は貞観元年859年と伝えられ荒金鉱山の繫栄と共に利用者が増大しました。そのことについては別の記事に記載します。
また、駟馳山峠の石畳道など、古い歴史を感じさせる場所も多く残っていますし、修験者の道場として知られる行者山があります。行者山は、役行者(えんのぎょうじゃ)によって神仏混合の業場が開かれたとされ、山ノ神や弁財天が鎮座していると伝えられています。
このカテゴリーでは岩美町の歴史についてピックアップして記載していきます。
歴史は言葉も年表も登場人物も諸説もたくさんあり一生懸命調べていますが明らかなまちがいがあれば優しくお問い合わせフォームよりご指摘ください