岩美町と兵庫県の境付近にある銀山村入口に間歩の案内看板作成について…
国道9号線沿い銀山バス停、 鳥越どんづまりハウス 案内の下にアングルが用意出来ました。
案内看板は地元 鳥取県立岩美高等学校の生徒さんが作成され、後は設置するだけです。生徒さんが心をこめて作成された看板、ビフォーアフターにて掲載します。
(2018年3月16日)岩美町銀山への案内板が設置されました。鳥取県立岩美高等学校 の生徒さんが作成した看板です。
場所は国道9号線、蒲生トンネルの西側から、蒲生峠越えへの旧道へ入る三叉路と、銀山集落への入り口バス停横に設置されました。
ビフォー
アフター 石見じゃない岩美だよ。そうそう、銀山といえば島根県の石見銀山なので後時だと思われるかもしれませんが鳥取県岩美町の銀山です。
ビフォー
アフター
銀山地区についていわみガイドクラブらしく?歴史や現在を記載します。
今から400年以上も前、慶長3年(1598)豊臣秀吉御蔵納目録 銀の部 に全国でも2番目に多い銀を運上したと記録に残っている因幡銀山、
当時、八百八口もあったと伝えられる間府(鉱石を掘り出す穴)、現在まだいくつかその跡が残っています。※写真添付
八百八もあったとされている間歩(間府)は長い年月の間に崩れ埋もれてしまっている箇所もあり、このままでは、そのうち消滅するのではと思われます。
いま、銀山地区の人たちが残っている間歩(間府)を何とか保存しようと考え、それに岩美高校の生徒の皆さんが協力ということで、今回の看板作りに取り組んだものです。
いわみガイドクラブでは、観光・地元の方の歴史学習など、間歩(間府)を含めた銀山周辺ガイドを行っていますのでお問い合わせください。
また岩美町にお越しの際は 日本の棚田百選の横尾棚田と共に、山陰海岸ジオパークのジオサイトの一つとして、400年前に繁栄した銀山の歴史を学んでいただけたら嬉しいなと思います。
先人の知恵とジオの資源から繁栄し、その後の暮らしの変化などを知ることは、今当たり前にあることに感謝ができ、なぜ?に対しての気づきもあり…これからできることも見えてきますね
通常海岸線のガイドが多いのですが、岩美銀山、日本の棚田百選の横尾棚田、蒲生峠の散策も魅力的です。