2017年1月12日は冷たい雨と時折雪が降る中、
山陰海岸ジオパークガイド養成講座中級編第4回
実地検分『陸上川に沿って~陸上鉄橋~石龍さん~田河内集落』
と題して、冬の山陰海岸らしいお天気の中、嵐ヶ浜で東浜観光協会の中村様を講師に迎えスタートです。
陸上川に沿って~陸上鉄橋~石龍さん~田河内集落
陸上地域が 東浜 と呼ばれるのは東浜駅ができてからで本来、汽車が開通する際に3つの駅名が『岩美』『陸上』『居組』となるとわかりにくいということで、『陸上(くがみ)』が『東浜』駅となり一般的に東浜といわれるようになったとのことです。
この嵐ヶ浜の突き当りのほうに『相撲塚』があり石には江戸時代から明治にかけて活躍したお相撲さんの『山田川政吉』さんの名が刻まれています。
相撲塚というのは村を災いなどから守ってもらうために、このような石塚を村の入口に立てる習慣からできたものでこの大きな碑を見ると村の誇りだったことがうかがわれます。
因幡地方では江戸時代後期から明治時代に田舎相撲が盛んにおこなわれ田後地区や網代地区や浦富地区にも相撲塚があります。ぜひまち歩きで見つけてみてください。
(新井の永明寺山近くの相撲塚)
続いて陸上川に沿って陸上鉄橋へ移動しました。陸上鉄橋は、明治時代に作られたもので5本の柱が立ち、その柱の外観はイギリス積みの煉瓦で当時のままです。
現地でお話を聞きよく見ると、陸上川の流れにあたる柱2本は円柱で両端と、西から2番目は四角柱なのです。水の流れなどで丸くなっているのでは?とお聞きしなるほど~っと一同は次へ…
川沿いを進み次は 大水無谷林道にある、ハガキの木(タラヨウ)を見に行きました。
これが葉書の葉っぱ
葉の裏面をつまようじなどの先端で傷つけると黒い文字が書けて切手を貼ればハガキとして利用でき以前は陸上に来た記念に出されていたようです。(今はビニールなどに入れる必要があるようです要郵便局確認)
この林道では雪が激しくなったりもしましたが、次へ進み…
雨乞いの神様でもある石龍(石竜)さんへ。
陸上川に沿ってできた道路沿いにあるのですが日照りが続いたときに、この石竜さんにお参りすると三日の間に雨が降るといわれ但馬地方の農家さんも参られたそうです。
続いて田河内集落へ。田河内集落は24世帯あったそうですが今は6世帯になっていますが、不思議なことに、24世帯同じ苗字の家が一軒もないそうです。
その静かな集落にある、田河内神社に行きました。
この神社には『謎の神輿がある』とされていていわれの一つには、
『鳥取藩主の池田公から甘露神社に頂いたものを海賊に盗まれないように田河内神社に隠したもの』
とされているそうです。
その他、昔に田河内地区が栄えていた時に直接頂いたものらしいという説や、隠したのではなく移しただけという説もあり、『謎の神輿』とされています。江戸時代の宝物がこのように残っていること自体貴重ですね。
田河内集落を離れ、田河内トンネル付近の地質をみたりと歴史・自然・建造物と多くのことを学びました。
こうやって歴史を知ることにより、歩く楽しみが増しますね。講師の中村様、参加者の皆様ありがとうございました!
おまけ…
帰宅し葉書の葉っぱに実際に爪楊枝で書いてみました
白っぽく傷ついた感じでしたが文字を書くことはできました!