先日、岩美町蒲生地区公民館に行ったときに、「林道整備工事で、木を切ったら昔からあると聞いていた穴が見えるようになった」と聞いたので行って来ました。
蒲生地区には、たくさんの間歩がありますが、中まで入ったのは初めてです。
他の間歩は、小さかったり、水が溜まったりしています。
この間歩は、中腰で穴に入ると真っ暗でひんやりしていました。
足元には水が溜まっていませんでしたが、10mほど進むと行き止まりになっていました。
この穴は、明治時代に「一寸法師やきんたろう、だいこくさまなど」尋常小学唱歌を作曲した岩美町馬場生まれの田村虎蔵氏が掘らせたそうです。
田村家の長兄が急死した時に、財務整理に戻っていた田村虎蔵氏が、その頃繁栄していた荒金鉱山のように自分の持ち山でも銅が出ないかと掘らせたそうです。
地区に住んでいても、まだまだ知らない事がありますし、知らない人も多いようです。
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