長安寺・垣屋恒総の宝篋印塔(町史跡)

長安寺・垣屋恒総の宝篋印塔(町史跡)

鳥取県岩美町宇治の長安寺は曹洞宗のお寺で宇治長者藤原冬久の建立とも伝えられています。境内には垣屋隠岐守恒総の宝篋印塔があります。

岩美町宇治の長安寺を知ろう!

鳥取県岩美郡岩美町宇治の長安寺は曹洞宗のお寺で、平安時代、岩井温泉を開湯されたとされる藤原冬久の菩提寺として建立され、その後は荒れた状態になっていましたが江戸時代に本光寺の末寺(まつじ:本山の支配下にある寺院のこと)として再興し、またその後荒廃し現在は集落の方々に管理されています。

 

境内には浦富にかつてあった桐山城の2代目城主垣屋恒総(垣屋隠岐守恒総)の宝篋印塔(全高約120㎝・台座40㎝)が祀られています。因幡誌には

 

長安寺境内、左の方の切岸の上にあり、高さ4尺余の宝篋印塔これなり

と記されていてその位置は現在も変わっていません。垣屋隠岐守恒総は垣屋播磨守宗管の子で親子2代、秀吉公に従って因幡に来て桐山城に入りました。垣屋播磨守宗管の死後関ヶ原の戦いで西軍について破れ、紀州高野山で自害しました。光明院にお墓があり、ここ長安寺には遺髪が葬られています。

法名:学窓院殿消雪宗圓大禅定門

 

この宝篋印塔は昭和49年4月11日に町の史跡に指定されています。

 

鳥取県岩美郡岩美町宇治609

桐山城には垣屋の家臣がいましたが自害の報告を受けて、奥様と子供は家臣の手引きにより但馬西の下(兵庫県豊岡市日高)におちました。また、父である垣屋播磨守宗管(光成)の五輪塔は定善寺・垣屋八幡宮に祀られています。


木造天部立像(町保護文化財)

二体とも長安寺に伝えられる仏像で、様式から推定して平安時代後期のもので現在岩美町内では最も古い木像です。平成13年「8月30日に町の保護文化財に指定されました。

 

二体とも損傷が激しく両腕や両足の先が破損していますが東部から足まで一つの材料で作った一木造(いちぼくづくり)で、一体の像の高さは130㎝で口を開けて左足を上げた姿をしており、もう一体の像の高さは115㎝で口を閉じて右足を上げる姿をしていて、左右対称の形をしています。

 

 

仏像は大別して如来・菩薩・明王・天部に分けられていますがこの天部は仏法を守る役目とされ、仏法の敵と戦うことから多くは甲冑をつけた姿をしています

宇治集落を含む岩井地区には通称鬼の碗といわれる白鳳時代に建てられた岩井廃寺に塔心礎(国の史跡)がのこっており、その周辺に破土器や摺り鉢、蓮華文瓦等が出土していて古代ここに立派なお寺があったことがわかります。岐阜県の延算寺に伝わる薬師如来像はもともと因幡国岩井郡岩井山にあった仏像という伝えがあり、こういったことから奈良・平安時代頃には岩井地区周辺に仏教文化が栄えていたことが想定されます。